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65.不死の薬



 平安の世に生まれた、光るように美しい帝は、たいそう賢く、やさしく、そのため都の人々はこのすばらしきお方がとわに国をささえてくれればよいと考えるようになりました。

 大臣たちは帝に長生きをしてほしいとつよく望み、話し合いののちあるはかりごとをなさいました。
 己を見つめるようにひたすら書物を読んでいた帝は、ある日、薬士から器にもられた不思議な薬を渡されました。

 「外つ国から献上された、たいへん貴重な命の薬でございます」
とだけ言って、帝に、竹で作った管で薬を飲ませました。

 それは不死の命を授かる薬でした。

 帝は百年生き、二百年生き、三百年生き、それでもまだ死ねず、年老いぬまま生き続けなければなりませんでした。
 おそらくこれからも、千年も万年も生き続けるのかと思うと、帝はいたたまれず涙をぬぐいました。

 友人もいず、国の柱として生き続けるのはたいそう苦しく、帝は不死の身体になった己を恨み、自分に薬をのませてとうに亡くなった薬士をたいそう憎みました。


“わたしは不死の身体になどなりたくなかった。
 妻を娶ってもいつかはかれらもいなくなる。ひとり孤独になるぐらいなら、花の露のような命の短さでかまわなかった。
 人の時をとめて若さをとどめようとする、そのような薬を使って、幸せに暮らせるだろうか。
 いいや、我ひとりだけ命を長引かせ、愛する人を失うばかりの人生はどんなにつらいだろう”


 帝はしだいにものを考えることすらいとわしく思うようになり、ひっそり宮廷を去ることにしました。
 国の宝と己を崇め祀る人々から離れて、遠い地で、我が身を捨てることだけ望むようになりました。

 ある冬の日、とものもの数人をつれ、去っていったみながいる空のちかくまでいってみようと考え、富士の山にのぼってゆかれました。
 なかばまでくると家来たちに、わたしはひとりでゆこう、おまえたちは帰るようにと言って歩いていきました。
 いただきあたりまでいくとあたり一面雲に包まれて、帝のお姿は見えなくなってしまいました。

 それ以来、あれほど帝を愛していた都の人々ですのに、なぜなのか帝のことを思い出した人は誰ひとりおりませんでした。