78.炎

夜中までにマッチをすべて売ること、それが女の子に課せられた役目でした。
それなのに売りさばかなければいけないマッチはたくさん残りました。
歩いて行く人はみんな買い物は終わり家路を急いでいたので女の子の声に見向きもしませんでした。
あまりに寒くなってきたので、籠から売り物のマッチ箱を一つ取り出しました。
「お願いします。一本だけ、火をつけさせてください。凍えそうなので、その火で手足を温まらせてください」
誰かに懇願するように、女の子は誰も買ってくれないマッチをこすりました。
シュッという音とともに小さな火がつきマッチに灯りがともりました。
「もし火の妖精がいるならば、どうかわたしに少しだけ熱を分けてください」
女の子はふるえる手のなかにある炎を見つめていました。
今まで見た赤い色のなかでもっとも美しい赤に見えました。
するととつぜんマッチの先の小さな赤い炎が膨れ上がり、その火の粉のひとつが目の中に入ってきたから、おどろいて思わず大きな声をあげました。
「あっ、あつい…!」
あまりの恐怖に両手でそっと目をおさえました。
けれどそれは錯覚でした。
「あら?」
しばらくじっとうずくまっていましたが、目は痛くもなんともなく、火傷もしていないようです。
「どうしてかしら。確かに火の粉がわたしの目に向かってきたのに」
おそるおそる手をどけて目をあけると、すぐそばにふわふわした赤い羽毛が広がっていることに気がつきました。
なんと目の前にいきなり鳥がいたのです。
しかも女の子の背丈の何倍もの高さがあるほど巨大で、赤く透き通った瞳で赤い翼を持つ、すべて真っ赤な美しい鳥でした。

「こんなに大きな鳥がどうして――?」
不思議でたまらない女の子は鳥にそろそろと近寄り謎の生き物を見上げました。
すると赤い鳥はさあ乗りなさい、といわんばかりに背を向けて静かにすわりました。
女の子はふいに一緒に暮らしていたおばあさんのところへ行きたい、と思いました。
わたしのおばあさんに会いたい――。
そう思いながら鳥の背中によじ上って身体をくっつけました。
鳥の背ははふんわりと柔らかくて氷さえもとかすようなぬくもりが感じられました。
女の子は幼子だった時おばあさんにいつもおんぶをしてもらったことを思い出しました。
思わずほろりと涙がこぼれました。
鳥は女の子にたずねました。
「どうしたの」
女の子はこの鳥が言葉を話せることに驚きました。
けれど怖くはなく、むしろとても懐かしいような声だと思いました。
そうだ、おばあさんの穏やかな話し方と似ている。
「大好きな人のことを思い出したの。もう死んでしまったの……」
「もうすぐ会えますよ」
「本当?会えるの?」
「わたしは神様のおつかいでむかえにきたのです。あなたをさんざん探しましたよ。もうあなたはここで暮らさなくてもよいのです。これから行くところでは、愛する人が待っていますよ。今からとても高い場所まで飛びますから、怖かったら目を閉じていなさい」
「はい。わたし少しのあいだ瞳を閉ざしています……」
羽にしっかりしがみついて目を閉じた女の子は地上が割れるほど鋭い鳥の鳴き声を聞きました。
「ケーケッ、カッカー!!!」
その声は鳥が地上から飛び立つ合図でした。
羽ばたく音を耳にしていると女の子は自分が風になったような気持ちになり、意識がなくなりました。
飛んでいるうちに女の子の帽子も手袋もマフラーも、身に着けていたものはほとんど強い空気の流れによって飛ばされてゆきました。
女の子は雲の中で白い下着一枚だけになりましたが、ちっとも寒くはありませんでした。
それもそのはずです。
赤い鳥の正体はフェニックス――火の鳥でした。
火の鳥は身体を燃やしていたので、くっついている女の子の身体は暖炉の前にいるかのように心地よい熱に守られていました。


赤い鳥は眠る女の子をのせて朝焼けの空をどこまでもかけていきました。
冷たい紺色だった夜の空が明けて朝の太陽が輝く茜色に染まり始めると、赤い鳥はその空に溶け込んでいき、やがて見えなくなりました。
女の子は次に目が覚めた時、会いたくてたまらなかった大好きな人の笑顔に囲まれていることでしょう。

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