流れ星



みなさん、このお話は大変さむくて、不思議で、そして特別な日におこった出来事なのです。
だから、ほら、きれいな色の箱を抱えている大人がたくさん歩いているでしょう。
贈り物をもらったり、素晴らしいごちそうを食べる聖なる夜ですから、どの家でも喜びにみちあふれています。
おいしそうな料理の香りがただよい、それにひきよせられて、遊んでいたこどもたちが家に帰っていきました。
人の数が少なくなり雪で空が暗くなっていく頃、街の家々に照明の光がつけられて、建物のなかにいる人をうつしだしました。


木靴をはいてマッチを売っていた女の子は、ぐうぜん立っていたそばの窓からうつった人々の風景を眺めました。
かれらは楽しげに食卓を囲んでいる家族でした。
おとうさん、おかあさん、おばあちゃん、それに男の子の姿が見えたので、おそらく4人家族だと思いました。
部屋には天井までとどくほどのもみの木のクリスマスツリーがおいてあり、クッキーでできたトナカイやくつしたが飾られ、
てっぺんにはおおきな銀の星がピカピカ光っています。
女の子はツリーの素晴らしい飾りにかわいい声をあげました。
「まあ、きょうはクリスマスだったのね。みんなが、幸福な日だわ。
ああ、わたしも、せめておばあちゃんがここにいてくれたら、それだけでとても嬉しいのに」
部屋の中だけでなく、外でも、星もちかちか街を明るく照らしています。

女の子もはやく家に帰りたかったのですが、まだマッチがひとつも売れません。
これをそのまま持って帰ったら、女の子は可哀そうに、悪いことをしたわけでもないのに、パパにしかられます。
なかなか売れないマッチ箱を見つめてため息をつくと、すこし顔をあげて、夜空を見上げました。
そして、大好きなおばあさんをまぶたに思い浮かべました。
遠くの夜空からも見えるように、おおきくゆっくり手をふってみました。
「おばあちゃん――、わたしのこと見える?」
その声の返事にはやわらかい雪が降ってくるばかりで、おばあさんのところにわたしの姿は見えないと思って、こんどはしょんぼりした声で言いました。
「わたしの上で光っている、あの明るい星のところは寒いかしら。それともあたたかいかしら。あそこにはおばあちゃんとママがいる。たとえ、ここより寒いところでも逢いに行きたい――」


すこしまえになりますが、おばあさんといっしょにたくさんの星を眺めるのが、一日でもっともしずかで楽しみな時間でした。
女の子のおばあさんは、たくさんの知識とともに、優しい考えを教えてくれました。
「夜空にたくさんの星がきれいだね。
わたしは、星を見ていると心がやすらいで、この世で生きていることがいかに幸せなことか感じるのだよ。
だから、おまえや、わたしたちの国の人、そのまわりの国の人たちももちろん、まるっきり反対側の国で住んでいる人たちも、
みんなが幸せでいられますように祈るの。
おまえも祈ってあげなさいね。貧しいわたしたちにはそれぐらいしかできないのだもの。
この地上は争いと憎しみがたえないけれど、星のあるお空のところではね、誰もがみんな、仲良く暮らしているよ」
「おばあちゃん。ママもそこにいるの?わたしのこと忘れないでいてくれるかしら。ママが不自由なく暮らしているなら、それだけでとってもうれしいわ。でも…、おばあちゃんは行かないでね。わたしとここにずっといようね」
「ああ、ママはいつも、あの広い空でおまえをいつも見てくれている。
しかし、おまえにはすまないが、わたしもそこに行かなくてはならない日が、いやがおうにも近づいているみたいだね。
でも、もしわたしがおまえから離れてしまったとしても、さびしい顔をしているときはかならず迎えにいくから、安心して待っておいで」
女の子はこのときの言葉を信じて、あしたこそまたおばあちゃんに会えるかしらと、今も毎日街でおばあさんの姿を探していました。

そして思い出をえがきながらまたたく星を見ていると、南国の美しい鳥が飛ぶときに、ながい尾をひらめかせるように、
ひとつのお星さまが弧をかきながら、キラッと落ちていく様子が目にとまりました。
流れ星はこの街の方にぐんぐん向かってやってきます。
そしてあっという声をあげるひまもなく、空から地平線におちました。
どうやら街はずれの深々とした森のなかに星は落ちたようです。 あの森の場所は一応知っているけれど、まだ行ったことがありません。
女の子は首をかしげながら言いました。
「あの森は不思議の森だわ。一歩でもあしを踏み入れたら、似たような木ばかりで迷ってしまって――それから帰れなくなるって聞いたことがある…人に変化している悪魔もすんでいるっていうわ――」

きいた話はどれもおそろしいうわさばかりで、こどもはおろかおとなもほとんどあしを踏み入れない場所です。

その時でした。
森全体が明るい不思議な橙色の光を放ちました。
その光を見たとたん、突然女の子はわれを忘れて森の方向へ走り出しました。
言葉ではうまくいえないのですが、どうしてもいますぐあそこに行かなくてはならないと、強く感じました。
そのあまりにあわてた普通ではない様子を街ゆくおおぜいの人が見ていて、こんな夜にどこにいくのかたずねてみたり、
きみ、この街をでたら危ないからと、声をかけてひきとめようとしました。
けれども、女の子はそれらの声にふりむくことなく、こどもとは思えない速さでどんどん森へ走っていくのでした。


走ったあとには、かごにたずさえていたたくさんの売れ残ったマッチが、足跡とともに、てんてんとどこまでも落ちていきました。
その足跡とマッチも雪が激しく降るにつれ、かき消されてゆき、やがて見えなくなりました。



そして、そのまま女の子の姿は街へもどってきませんでした。
あの流れ星が見えた夜以来、森から二度とあらわれることなく、姿がぱったりときえてしまいました。
ニンフとよばれる妖精に気に入られておなじように妖精の仲間になってしまったという人や、
森にひそんでいるおそろしい狼に食べられてしまったと言う人がいました。
流れ星はおむかえで、女の子はその迎えに来た人といっしょに空にかえっていった、そう言う人もいました。
さあ、女の子は森でいったい何を見たのでしょう――。
ほんとうに正しくその問いにこたえられる人は誰もいませんでした。



それからしばらく後、森で木を切ってなりわいにしていきこりのおじいさんが、使ったばかりのマッチの燃えさしを発見しました。
それはきえた女の子が売っていたマッチと同じものでした。
「1、2、3、4、5、6…ぜんぶで12本…。誰かがここでたき火でもしようとしたのだろうか。こんなわずかなマッチの火では、
ほとんどあたたまることもできなかっただろうに」
と、おじいさんはつぶやきました。
燃えさしが何を意味するのか、さっぱりわからなかったので、とりあえず森の地面に穴をほりまとめて埋めておきました。



それからまた時が過ぎ、冬の終わりがやってきて凍てついた氷の雪解けがはじまった頃、やわらかな空気をすいこみながら、寒さにかたく蕾んでいた花々が、あらそうようにあちらこちらで咲きはじめました。
マッチが埋められた場所にも、それまでその場所で花が咲いたことはなかったというのに、今まで森に生えていなかった花が咲きました。
きこりのおじいさんはその花をみつけたとき、なんとあぶないと走りながらあわてて近寄って、もうすこしでそれをふみつけるところでした。
だって遠目に見ても、パチパチ燃えている火にしか思えなかったので、森全体に広がる前に消さなければと思ったのです。
その花をおじいさんが見間違えたのも無理ありません。
それは誰が見てもマッチを円形にならべて火をともした灯りにそっくりでした。
どの花よりも濃い紅の花びらをもっていて茎は茶色の愛らしい姿で、くしくも、おじいさんが埋めたマッチと同じ数の、ちょうど12本の花が
赤々としています。
今でも森に行ってみてごらんなさい。
不思議の森のまんなかに、冬のあいだだけ、咲いていますから。
そしてその紅のお花を見ていると、不思議なことに、どんなに雪がふっているさむい日でも、厚いコートもいらないぐらい
今まで感じていたこごえるさむさがほとんどなくなっていきます。
かわりに、まるで暖炉の火にでもあたっているようなぬくもりを、あなたはきっと感じることでしょう。



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