エピローグ

エピローグ




 むかしむかし、海沿いの小さな国にたいへん仲の良い王さまとお妃さまが暮らしていました。
 ふたりはなかなか赤ちゃんにめぐまれず、ようやくかわいい赤ちゃんを授かったときの喜びは言葉では言い表せないほどでした。ふたりは跡継ぎになる元気な男の子を授かりました。ふたりによく似たとても美しい王子でした。
 時が経ち3年後、ふたりはまた子供を授かりました。ひとり目の王子さまの時より難産でしたが、無事赤ちゃんが生まれました。今度は咲いたばかりの花のような愛らしい女の子でした。王妃によく似た薄い青い色の瞳と金色の髪をしていました。
 ようやく苦しいお産を終えて、心身共に疲れ果てているお妃のために、王さまはお妃さまが大好きな船旅を楽しむことを提案しました。
 その時王子さまは熱が出ていたため、いっしょに連れていくことをやめてお城の寝室で安静にしておくことにしました。
 「かわいい坊や。わたしたちはこれからすこしだけ出かけてきますね。でもすぐ帰りますからね」
 信頼できる侍女たちにくれぐれも王子の世話を頼むと申し付け、お妃は久しぶりに晴れやかな気持ちで船に乗り込みました。その夜海上で楽しいパーティーが開かれ、楽しい音楽やダンスが繰り広げられました。
 華やいだ空気にふれ満足したふたりは寝室にいくと赤ちゃんを真ん中においてともにベッドに横たわりました。
 「ねえあなた。さっき見た踊り子の舞の素晴らしかったこと!音楽もはじめて耳にする曲だったし、すてきな夜を過ごせたわ。こうしているとまるで新婚に戻ったみたいね」
 お妃が珍しく子どものようにはしゃいで話しかけました。王もお妃の笑顔を見ることができて心から満足して微笑みました。
 「ああ、そうだね。明日はともに朝焼けの空をみよう。おやすみ」
 「ええ、おやすみなさい」ふたりは手をつないで心地よい眠りの世界に旅立っていきました。


 けれど、ふたりの眠りは長く続きませんでした。真夜中にけたたましい騒音がなり突然目が覚めたのです。
 続いて召使が叫びながら部屋のドアを叩きました。
「王様、海賊が船に入ってきました。今すぐ船のもっと奥へいってください」
 みなが寝静まったのを見計らって恐ろしい海賊たちが船を襲ってきたのです。
 楽しい宴に誰も海賊船が近づいていることに気がつかなかったのです。
 武器を打ち鳴らす戦いの音や悲鳴が聞こえてきて、お妃さまはふるえました。
「ここにいては、いずれ全員殺されてしまう。わたしの命は惜しくはないがせめて小さな姫だけでも助けたい。今すぐこの子をここから遠ざけなければ」
 お妃さまと王さまは船の地下倉庫に移動して避難しました。そしてすぐに明り取りの小窓を開けると小さな籠に赤ちゃんをのせて、波がゆらめく海に流しました。
「さようなら、わたしの子。どうか助かって――…。風よ。無力なわたしにかわってこの子を安全な場所へ運んでおくれ」
 お妃は頭にのせていた王冠をはずすと籠のなかにいっしょにおさめました。ルビーがたくさんついた選ばれたものだけがかぶる冠、それは王の妻となってからずっと大切にしてきた王妃のあかしでした。きらめく王冠と赤ちゃんは潮の流れにのってゆっくり流れていきました。
 船は海賊に火をつけられ、ごうごうと燃えていきました。風が吹き籠はどんどん船から離れていきたゆたっていきました。籠が見えなくなると王と妃は深い口づけを交わしあいました。そしてワイングラスに葡萄酒をそそぎ、その中に常日頃からもしものために持っていた毒も入れ一気に飲み干しました。海賊の手に落ちるより誇り高く自らの命を終わらせることを望んだのでした。


「はて。先ほどから浮かんでいるあれはいったい何だろう」
  静まりかえった深夜の海で人魚の老婆が浮かんでいる籠を見つけました。
 籠まで一泳ぎしてそのなかを見ると、驚いたことに人間の子が布にくるまれて入っていました。
「なぜこんな幼い赤子が。親はどこへいったのだろう。かわいそうに」
  泣いていた赤ちゃんは老婆の顔を見ると手をのばしてきて声をあげてきっゃきゃと笑いました。とても愛くるしい顔を見て、人魚の老婆は胸が痛みました。老婆が娘のようにかわいがっている人魚の王妃と夫である人魚でいちばんりっぱな王様の赤ちゃんが、先日生まれてから病気ですぐ死んでしまったことを思い出したからです。
「あの子も生きていれば、こんな風にかわいらしく笑っていただろうに」
 ほおっておくこともできず赤ちゃんをあやしているうちに老婆はいい考えがうかびました。
 いったん赤ちゃんを籠に戻し誰も近寄らない入江に隠して、海底にもどりました。
 ふたたび赤ちゃんのところに戻った老婆は瓶に入った薬を持ってきました。
 貝殻に数滴入れて、小さな唇に貝殻のはしをつけて薬をふくませました。おなかがすいていた赤ちゃんはごくごくと美味しそうに飲み干しました。
 飲ませたのは人魚になる薬です。すぐに真っ白な小さな脚に鱗がはえて魚の尾になりました。こうして人間の赤ちゃんは人魚の赤ちゃんになりました。



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