道しるべ

道しるべ


*星明かりの海のおまけのお話です


*  *  *  *  *
人魚の宝石職人が砂浜に置いた首飾りは、王子と結ばれて妻となりお城に住んでいる王女様が拾いました。
浜辺を侍女と散歩をしているところ、今まで見たどんな宝飾よりも素晴らしいものを見つけたので、すぐ拾って持って帰りました。
王女は、宝石がたっぷりついた首飾りを大変お気に召し城にかえると鏡にむかいながら自分の首につけてみました。
それは王女の瞳や髪の色とぴったりあって、もとから美しいお顔の美しさをさらにひきたたせました。
広間で首につけさっそうとあらわれるとお城の誰もが感嘆の声をもらしました。
王女はとても気分がよく、首飾りをしばらくつけたままにしてお城のすべての人の視線をくぎ付けにしました。

首飾りをつけてから7日間が経過し、ちょうどその日は王女様が大理石のような肌を磨くための入浴日でした。
「さすがに、入浴する時ははずさなければならないわね」
王女様はそう言って、光り輝く首飾りをはずそうとしました。
留め金をさぐって、はずそうとします。
けれど指がつるつるすべるためなのか、いくらそこをいじってもとれません。
しかたなく最初に留めた金具を、ひきちぎろうとしました。
それでも鉄でできた頑丈な扉のように硬くて、細い指先ではまったく動きません。
つけた時の首飾りとは、まったく違うものに変化してしまったようでした。
きっとわたしの力ではたりないのだ、もっとひっぱればいいと思い、王子に頼んで国一番の力自慢の男を呼びました。
男は王女様の首飾りをひっぱりました。ものすごい力が首にくわえられました。

「ああ、いたい。いたいわ。もうやめて」
やっぱり、首飾りの留め金はきっちりしまっていてかたいまま、はずれることはありません。
「王子、一刻も早くどうにかして下さらないと、わたしはもう我慢できません。たすけてほしいのです」
王子は肩をおとして答えました。
「すまない。だが、こんなにはずし方がわからないものは見たことがないと誰もがいうのだ。できるものなら
わたしの命と交換してでも、この忌まわしい飾りをとってあげたいよ」


引き続き、首飾りをはずせそうな人物が集められした。
幾何学の知識を知り尽くした数学者、どんな場所からでも抜け出ることが可能な奇術師、からくり人形を作る人形細工職人までやってきて挑みました。
彼らがいかに首飾りの仕組みを見破ろうとしても、首飾りは相変わらずきらきらと輝くばかりで、けっしてはずれることはありませんでした。
手をつくして疲れ切った王女様がやすんでいると、とつぜん首が苦しくてたまらなくなってきました。
鏡で首をおそるおそる見ると、信じられないことに、首飾りが首をしめつけていました。
鎖となっている銀の宝飾が小さく干からびているのです。
ほっそりしたしろい首をしめて、どんどんしめつけて、息ができなくなります。
ついに首飾りはきゅっと首をしめつけて、王女の命を奪いました。

はずれない首飾りを呪いながら美しい王女の顔は苦しみで醜く歪んでいき、深海魚のように不気味な顔に変化しました。
それでも王子の王女への愛はかわりませんでした。
王女の冷たくなった身体を抱きしめながら、王子は涙を流しました。
頬におちた涙は首をつたって、そのまま首飾りへ王子の涙の雫がふれました。

するとあんなにとることが不可能だったかたくなな首飾りが、ぽとりと落ちました。
それはこどもの腕輪ほどの小さくなっていて、宝石の輝きはもとのまま金銀にまばゆく見えました。
王子は無言のまま留め金をもういちど閉めました。
その首飾りをもう見たくなかったので、王女の父である隣の国の王様に形見として届けようと思いました。
娘の命を奪った首飾りを憎々しげに見た王様は、どうしようか、こんなものはわたしとてそばにおきたくないと悩みました。
壊そうかとも思いましたが、あまりに不吉な美しさをはなっていたので手をだしてはいけないような気がして、それもできませんでした。


結局、王女が海で拾ったものだと聞いていたので、これ以上誰も犠牲にならないようにと海にまた戻そうと決めました。
家来に浜辺においてくるよう命じられ、太陽の光をうけ砂金のように輝いている砂浜へ置き去りにされました。
首飾りは波がさらっていき、海にはいって見えなくなりました。
そして波に運ばれ、暗い海底へ、深い海底へどんどんおちて行きました。
地上で生きる人が想像もつかないほどの遠い海にただよいました。
あるとき人間の骨のようになった細くて白っぽい珊瑚の枝のてっぺんにひっかかり、首飾りは珊瑚のための首飾りとして飾られることになりました。


それからは深海に住む魚たちがその首飾りを守り大切にしています。
王女の首飾りは海の中できらきら輝く星になりました。
おかげで魚の子どもが迷子にならずに住みかにかえることができます。
魚たちにとって、道を示してくれる道しるべのような、心がほっとする光でした。

ここまでお話をお読みになった皆さんのなかには、結局首飾りがどのように美しいのか、それを実際に見てみたいと思われる方もいるでしょう。
けれども残念なことに今でも深海の珊瑚の玉座に飾られていますので、わたしたち人間は人魚宝石職人が作ったこの世でもっとも素晴らしい首飾りがどれほど美しい宝飾なのか知ることは、永遠にないのです。


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