白い塔 1

白い塔 1



部屋に鍵はついていませんが、こんなに風が強い日は、おそらく誰も訪れないとおもいます。
外観の印象は白く真新しく見えますが、それはもう、本当に古く小さな塔でございますから、内緒話の声がひびくこともありません。
神父さまに告白するのに、とても適切な場所ではありませんか。
窓からは美しい海がご覧いただけます。さあどうぞ、こちらの椅子にくつろいでお座り下さい。

生涯誰にも話してはいけないと、己に誓っていました。
けれどいまから、わたしはあなたさまだけに告白をいたします。
ここで神父さまに出逢わなければ、おそらく胸のうちに暗い影をのこし、わたしは死の眠りについていたでしょう。
これも神のご意思だとおもいます。
ほんの少しだけ、わたしの話に耳を傾けていただけますか。
それで充分でございます。
身分の高い方とあがめられ、わたしは本当に己の心を許し話しあうことができる友さえもたなかったのですから。
ちょうど塔には、旅人やこどもたちのための休憩所としてこの部屋がしつらえてあります。
お菓子でも召しあがりながら、どうぞ老人のひとりごととして聞いてくださいませ。

わたしは隣の国の王女としてうまれ、高い教養を授けられ、美しい衣装、多くの侍女にかこまれ、何不自由なく暮らしていました。
だから、隣の国の王子と結婚するよしを伝えられたときも、王女としてのつとめがはたせると、肩の重荷がとれたように感じただけでした。
両親からは、いつも民を導き国を守ることだけを教えられてきたものです。
だから、ひとりの人間としての喜びは、実際ほとんど知らなかったようにおもいます。

いちど外で泥だらけになって遊びたかったと心惜しみながら、生まれ育った城を出発いたしました。
結婚する王族の城についたとき、後継ぎの王子さまがわたしを結婚相手として丁寧に迎えてくれたので、心の優しい方だとわかり
嬉しくおもいました。
彼はわたしの手をとりながら、思い出の中に住む恩人とよく似ていると、つぶやくようにおっしゃいました。
初恋の方なのですね、そう話しかけると、こどものように嬉しそうな顔をされながらその人について語ってくれました。
わたしはその表情がとてもまぶしくきよらかに感じられ、彼に好意をもちました。

そして、大広間にはいると、王と妃にご挨拶を申し上げました。
王は王子に部屋の案内をするよう命じられ、わたしたちは廊下をわたって談笑しながら歩きました。
するといつの間にいたのか、彼の背後に輝くばかりの金色の髪がちらりと見えたのです。
かくれんぼをしていらっしゃるのね、見つけてしまったわ、どなたかしらと尋ねると、かれんな少女が顔をだしたので驚きました。
わたしより数歳年若いようでした。
ながれるような金の御髪と蒼い瞳でこちらを見つめてきて、まるで人形のような方だとおもいました。

それから、城内をあるいているとき、わたしがふと眼をやると、王子のそばにはその少女がつねにつきそっていました。
きくと、浜にたおれていた身寄りがない娘で、妹のように王子はかわいがっているといいます。

たくさんお話をしたかったのに、声を失っていられるときいて、しごく残念でなりませんでした。
まだ口のきけない方と出会ったことがなく、わたしはどうやってお付き合いすればよいのかわからなかったので、
そっと微笑みをうかべてみました。
すると彼女も微笑みをかえしてくれたのです。
その時心が一瞬通じ合ったと感じたのは錯覚ではないと信じています。
わたしの侍女は、身元の知れない女です、王女さまの敵ではございませんと冷たくいいはなち、わたしはうわのそらで、そうね、と返しました。
しかし心のなかでは、王子さまがあんなに大切にされているからきっといい方よ、お友達になれるかしら、と考えていました。

その夜のことです。わたしの歓迎のためと、王さまは祝いの席をもうけてくださいました。
妹よ。隣の国からたずねてきてくださった王女さまのために、おまえの美しい踊りを見せてくれないか。
王子が言うと、楽士のかなでる音楽にあわせて、妹君は美しい舞をはじめられました。
まるで空から舞い降りた天使のように軽やかでした。
踊りながら王子のほうだけを見つめる姿にわたしは心惜しみない拍手をおくりました。

そのときから―――はい。わたしは知っていました。
かわいい妹とよんでいた少女が王子を慕っていた事実を。
その人は声を失っていたのだから、なぜわたしにそんなことがわかるのか、とおっしゃるでしょう。
それも彼女をみればすぐわかるはずです。
透き通る蒼い瞳がすべてを語っていました。
深い愛情の眼差しをたたえて王子をおっている妹君を、それからも毎日のように、わたしは王子の婚約者であるというのに、
妹君の恋をどうにかできないかと哀れみの気持で見守っていたのでございます。


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