ガラスのフルート

ガラスのフルート



ある田舎の村でフルートをふいている少年がいました。
名前はルークで年はまだ7さいでした。
でも誰にも真似できないほどすばらしいフルートの音色を奏でることができました。
「今日もいい音ね、ルーク」
となりの奥さんも彼の演奏を楽しみにしています。
「ありがとう。僕、フルート大好き。だから世界中のいろいろな曲を演奏してみたいな」

ルークは三つのフルートをもっていました。
一つは木製のフルート。二つめは金属製のフルート。
そして最後のフルートはもっともきれいに輝いているフルートです。
それはふくと、まるで小鳥の歌声のように素敵な音色がする、彼のおじいさんに作ってもらったガラス製でした。
おじいさんはルークと同じくフルートが大好きで、演奏者として活躍するかたわらで、職人としてフルートも作っていました。
もうおじいさんはなくなっており、それはルークにとってかけがえのない形見なのでした。

「もっともっと上手になりたいな」
だからきょうも朝からフルートの練習をがんばってこなそうとはりきっていました。
でも、三つのフルートのうちどれをつかおうか迷っています。
ルークはふだん木製か金属製のものをつかいます。
「うん、きょうは僕の誕生日だもの。やっぱりガラスのフルートをふくことにしよう」
フルートをもって森のちかくの野原にいくと、きれいな音色にひかれて森の動物たちもやってきました。
うさぎも小鹿も目をとじてルークの演奏を楽しみました。

でもフルートの音にひきよせられるのは森の動物たちだけではありませんでした。
こっそり木の上から、ちいさな悪魔の妖精がのぞきにきたことに誰もきがつきませんでした。
動物たちは幸せそうに演奏をきいています。
それを見ていた悪魔は、ふん、あんなフルートの音なんてまったくおもしろくないとおもい、すこしいじわるなことがしたくなりました。
どうやらみんなと正反対のことがしたくなる性格のようです。
あたりを見回すと手頃な石がありました。

ルークはしばらくフルートを弾いていました。
けれども暑い太陽があたってのどが渇いてきたので、どこかで水がのみたくなりました。
フルートをこかげにおくと、動物といっしょに森の川へむかってゆきました。

悪魔は誰もいなくなったのをみはからって木の上からフルートにむかってまっすぐに石をおとしました。
森にガラスがくだけちる音がひびきわたりました。

水を飲んでいてとつぜんいやな物音をきいたので、ルークはあわててもどってきました。
先ほどの場所をいっしょうけんめい探しましたが、フルートはなく、そこにはきらきらした破片があるばかりでした。
その透明な輝きをもつちいさなガラス片をみてすべてを理解しました。
「なんてことだ!ぼくのガラスのフルートがこわれてしまっている。とんでもない誕生日だよ、どうしよう……」
その言葉をきいた悪魔は意地悪が成功したので満足してどこかにいってしまいました。

ルークはポケットから手袋をだすと両手にはめました。

そしてそのガラスを丁寧にひろい集めました。
ひろうたびにガラスのふれあう音がします。
ガラスのフルートをもう演奏することができないのだとおもうとしょんぼりしました。

やがて心配そうに見つめる動物たちは、それぞれがルークの服をかむと、おなじ方向へひっぱりました。
どうやら森の奥にいくよう仕草でつたえているようです。
「どうしたの。それ以上いくと魔女のすみかじゃないか。待ってよ」
ルークも噂にきく魔女がこわかったので足を向けたことはありませんでした。
その時ガラスの破片がシャン、と音をだしました。
まるで、自分のからだをなおしてほしいとうったえるようにきこえました。
その音を聴いてルークは、フルートがなおるなら、いってみようかと考えをかえました。
本当に魔法がつかえる人ならば――もしかしてなおせるかもしれない。
ルークは勇気をだして魔女のもとへいく決心をしました。

どんどん森をすすんでゆきます。
だんだん夕暮時になりあたりは暗くなっていきますがなかなか魔女の住処は見つかりません。
元気なルークもさすがにお腹がすいたし、夜になってしまったのでもう戻ろうかと思いました。

でもそのとき、どこかで家の灯りが見えてルークは一瞬ほっとしました。
誰かが住んでいるらしい家の扉をノックすると、返事があったのでははいりました。

それが魔女のすみかでした。
扉をあけてしまったルークは魔女の姿におどろきました。
まっくろなマント、まっしろな髪に、人間とはおもえない血のようなあかい目をしていました。

「誰だい――わたしが誰だか知っていて、それでもここにきたのかね」
その声でここに来た理由を思い出し、ポケットからフルートのなきがらを取り出しました。
「こんにちは……僕はルークです。あなたにお願いがあります。このガラスをもとの形にもどしてもらえませんか」
差し出したガラスの破片をみることなく、魔女は手のひらの破片をたしかめるようにさわると、何だね、この粉みたいなのはと尋ねました。

ルークは破片をいくども手で確かめている様子から、ひょっとしたらこのおばあさんは目が見えないのかもしれないと、気がつきました。
さっきまでの怖がる気持はなくなっており、これは僕のガラスのフルートでしたと、ていねいにこたえました。
魔女はいいました。
「おまえがもっているものでいちばん大事なものをくれたらなおしてやってもよいわい」
ルークはなんども返事を考えて、やはりこたえはひとつしかないと思いました。
「あいにくあなたにさし上げられるものはもっていません。なぜならこのガラスの破片であったフルートこそがぼくの大事なものです。
でもこのガラスをフルートに作りなおしてくれたら、そのフルートであなたのために美しい音色を奏でてみせます」
幼いこどもの意外な返事はおもいがけないもので、魔女はおもしろく感じられ、納得して何やらきいたことのない呪文をとなえました。

すると、ガラスの三角や四角の破片がとけていくようにくっついて、つながっていきます。
意思をもっているかのように光りながら、空中で細長い見慣れたかたちにもどっていきます。
やがて最後の破片がなくなりました。
するすると古い机におりてきたフルートは、ルークのあのフルートにちがいありませんでした。

みごとによみがえった光景をみて、すごい、すごい魔法だね、おばあさん、とおもわずさけんでいました。
「音色もまえのものと同じはずだよ。さあ、ふいてごらん」
信じられないままフルートを手に持つと――ルークは魔女のおばあさんに、約束した美しい曲を演奏しました。
報酬などではなく、目が見えない、それなのにフルートをなおしてくれたおばあさんに曲をプレゼントしたいと,
心からそうおもいながらフルートをふきました。
最高の演奏が終わったとき魔女はけっこうな報酬だと褒めてくれました。

ルークにはいいませんでしたが、帰りがけに魔女はおまけにと、もうひとつ魔法をかけてくれました。
それはフルートがこわれないようにする魔法です。
正確にいえば、誰かがわざとフルートをこわそうとしたら、はんたいにその人がこわれてしまうという魔法でした。
また悪魔がやってきたらいけないからね――。
ただしその効果はいちどきりです。
魔女がやさしいおばあさんだったので、ルークはまたここにきてフルート演奏するね、というと家へ走りだしました。
大事なフルートはもちろん落とさないようしっかりかかえるようににぎりしめて帰りました。

そして家にかえったルークはまたフルートの演奏をはじめました。
ルークが落ち込んでいるところを見にきた悪魔は、もとどおりになっている笛をみて、自分がこわしたはずなのにと、たいへんくやしがりました。

一曲ひきおえたルークは両親におばあさんのことを話そうと部屋をでてキッチンにゆきました。
そのすきに部屋の窓から悪魔は忍びこみました。
そして今度こそバラバラになってしまえと、ガラスのフルートを思いっきり床になげようとした、その時―――


魔女の魔法がきいてばったりと倒れて、あっというまにきえてしまいました。

部屋にもどってきたルークはさっきおいたフルートの場所が移動しているような気がしました。
でもいっぱい森を走って疲れているせいだとおもいました。
そして魔女のおばあさんにまた何か曲をおくろうと、ルークはさっそく楽譜をめくってレッスンをはじめました。
 


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