金の馬銀の馬

 ある国の王様はとても裕福で、ほしいものはたくさんのお金と引き換えになんでも手に入れてきました。
 王様はとくに珍しいものをあつめることがだいすきでした。
 つい先日は背中に翼の生えた猫をサーカスで見つけ、団員から喜んで買いました。
 けれど翼が生えていても中身は普通の猫といっしょで、翼で空を飛ぶこともできませんでした。
 すでに猫にも飽きてしまったので、なにか面白いものを求めて外へ出でかけることにしました。
 「おおい。誰か来てくれ、でかけるぞ」
 6人の召使が出てきて王様を輿にのせると素敵な珍しいものを探す散歩に出発しました。


 街を抜けると何もないだだっ広い草原が続いており、気持ち良い風に吹かれながら進んでいきます。
 やがて遠くのほうでひとりの老人が2匹の動物となにやら戯れている様子が見えました。
 けれどそのあたりはとてもまぶしくてはっきりわかりません。
 近づいていくとようやく動物の姿が見えました。

 その生き物はこれまで見たことのない美しい金色の馬と銀色の馬でした。
 老人はていねいになんども馬の毛を梳いていました。
 輝く金色の毛と銀色の毛の見事さに王様は一瞬言葉も忘れました。
 風に金色の毛がなびいてきらめいています。
 王様はどうしても金色の馬が欲しくて仕方がなくなりました。
 興奮しながら老人に話しかけました。
「なんという素晴らしい毛色の馬か。どうか、その金の馬をわたしに売ってくれ。金貨ならいくらでもやろう」
 老人は横に首をふりました。
「王様、この馬はとても大事にしている馬なのです。
申し訳ありませんが、どうしてもお譲りするわけにはいきません」
 そう言われてもあきらめるのは難しく、王様は銀の馬も欲しくて仕方がありません。
 老人に梳られて嬉しそうに銀色の馬がいななきました。
「こちらもなんという素晴らしい毛色か。どうか、その銀の馬をわたしに売ってくれ。銀貨なら望むだけだそう」
「王様、この馬もとても大事に育てている馬なのです。
申し訳ありませんが、どうしてもお譲りするわけにはいきません」
 そして粗末な馬小屋に2頭を入れていきつないで、老人自身はもっと粗末な木の小屋に入ってそれきり出てきませんでした。
 王様はまだここを離れる気持ちにはなれなくて、老人の住まいのちかくにテントをはるよう命令してそこで家来と休むことにしました。


 王様は夜こっそりひとりで馬小屋にしのびこみました。
 どろぼうをしてでも美しい金の馬と銀の馬を手に入れたかったのです。
 暗がりの中で光っている馬の居場所を見つけて手綱をとると、王様は金の馬にのりました。
 銀の馬は綱で金の馬の尾にしっかりつないで、引っ張っていきます。
 馬小屋をでるとはじめは歩いていましたがやがて金の馬は走り出しました。
 つられて銀の馬も走り出しました。

 空に月がこうこうと輝く草原ではじめが遠乗りを楽しんでいた王様ですがだんだん怖くなりました。
 なぜなら馬はどこまでもかけていきまったく止まる気配がありません。
「おまえたち速度をゆるめてくれ! 落ちてしまう。もういい、止まれ!!」
 けれど馬たちは召使とは違い王様の命令を聞きません。
 そしていきなり蹄が地上から離れ身体が傾き、じょじょに空中に浮いていくではありませんか。
 浮いた瞬間王様は恐怖を感じ、身体を馬から離しました。
 (このままでは空に連れていかれる)
 そう思った王様はさっと両手両足を投げ出し飛んだのです。
 転がり落ち腰をうって、痛みのあまり腰をしばらくさすりました。
 腰の痛みが治ったころには2頭の馬は空の彼方に消えてもはや見えなくなっていました。


 いつのまにか夜の帳は白々と明けて朝になっていました。
 地平線の彼方には力強く輝く太陽があらわれました。
「逃げられたでしょう」
 振り向くと、後ろにあの老人が立っていました。
「だからいったでしょう、差し上げることはできませんよと。
あれは月と太陽ですよ。
金の鳥は太陽の仮の姿なのです。
銀の馬は月の仮の姿なのです。
この広い草原で自由に走りたいと言われ、協力しています。
もしあなたがずっと城の奥に閉じ込めれば、そのうち太陽も月も空に出てこなくなります。
この世は暗闇の世界になるでしょう」
「ううむ。それは困るな。どちらも人間が生きていくために必要なものだ」
「そうでしょう。王様、わたしはあの馬たちを飼っているわけではありません。
 月と太陽の気まぐれな遊びなのです。
 時々地上に来ては、このあたりで仲良く走り回るのです。
 月も太陽も、あそこではともに遊ぶことはできませんから」
 老人はそういって、果てしない朝焼けの大空を見上げました。
「そうか。はじめからわたしには手の届かない生き物だったのか。ところであなたはどうしてそんなことを知っているのか」
 問いに対する老人の返事が聞こえなかったので振り向くと、今度は老人も消えていました。
 老人が誰だったのかわからないまま王様はまた輿にのって6人の召使と城に帰りました。
 朝も夜も空を眺めては恋をした人のようにためいきばかりついて、しばらくは何も欲しがらなかったそうです。

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