金魚姫または103匹の蛙

金魚姫または103匹の蛙たち



人魚姫と蛙の王子様と髪長姫に薔薇と金魚の鱗をつぎたして赤く染めてみました


     *



こじんまりとしたお城のちかくにある、険しい森のきれいなあおぞら池の国に、年頃の愛らしい金魚のお姫さまが住んでいました。
きのうも、きょうも、もうずっとまえから、金魚姫はいつもうつむきがちにため息をついてばかりで、王も妃もいったいなんの病かとたいへん心配しておりました。

誰にも悩みをうちあけていない金魚姫は、お城に住む人間の王子に恋をしていました。
彼はお世辞にも品行方正で思いやりのある方とはいえませんでした。
けれど、まあ神さまのきまぐれなのか、世の人間の男の中でもっともきれいなお顔立ちをしていたので、誰からも愛されており、城の家来も、街の人も、動物や虫さえ王子がやってくると喜びをかくせませんでした。
王子は自分を眺めることが大好きで、鏡や水辺をのぞいてはわたしはすばらしい人間だと自身をほめたたえるのです。
金色の巻き毛に、ととのった眼鼻、その瞳は深い紫色に煌めき悩ましいほど魅惑的で、楽器の演奏も得意でした。
そして、金魚姫も、若葉の生い茂る季節に池にやってきた王子が竪琴を奏でる姿を一目見て、とりこになってしまったのです。

あつい夏、王子はひさしぶりに森に散歩へでかけました日のことでした。
眩しい日差しを心地よく感じながら歩いていますと、どこかでかぼそく響くかわいい声がします。
王子はあたりを見回しましたが、誰も見当たりません。また声が話しかけました。

「王子さま。やっとふたたびお目見えすることができてうれしゅうございます。
この前はまだ若葉の生い茂る季節でしたわ」
「きみは誰だい。どこにいるの」
「ここです。池のなかです。ずっとあなたをお慕いしていました」

眼の前にひろがる池のなかをのぞきこむと、愛らしい小さな金魚の姿が見えました。
王子に見つめられて、金魚姫の赤い姿がさらに赤くなりました。

<人間の田舎の娘ならまだしも、こんな金魚が魚の分際で王子の僕に恋するなんて、お笑い草だな>

王子は暇つぶしにからかってやれ、と金魚姫に微笑みを向けました。
僕の方を見てと言いながら、大股で1、2、3歩歩くと、ちょうど辿りついた池のそばに生えている木の根元に寝転がりながら、今度はこんなことを申しました。

「可愛い金魚のお嬢さん、僕を愛しているならば、ここまできておくれ。
もし僕のもとまでくることができたら、ご褒美に何よりもあたたかい春に咲く花のような口づけをあげよう」
「ああ、どんなにあなたさまのそばに行きたいと願っているでしょう。けれど、わたしはみてのとうおり、しがない魚の身体、すぐ息絶えてしまいます」
「それでは、それほど僕のことを想っていてくれないのだね。わかった、もう二度とここへはこないよ」
「王子。そんなことをいわないでくださいまし」
「ここまでなんて、ほんのまばたきするほどの時間だよ。またすぐ池に戻ればいいじゃない。
僕が池まで運んであげるから」
「王子、わたしの命より愛しい方。そんなに言うならば、わたしはあなたのところに行って愛を証明してみせましょう」

金魚姫はまわりのおつきもものがとめる声もきかず、池からぴょんととびはねました。
身体をくねらせ、地面をぴょん、ぴょんとはねました。
太陽に熱せられ全身がやけどする地面でしたが、どうしても王子のところに行きたいと、身をくねらせました。
人間なら数歩でいける距離も金魚姫にとっては永遠にも思えるほど遠くに感じました。

王子まであと少しというところで、とつぜん大きな黒いかたまりが、おそいかかってきました。
からすです。
金魚姫さまはあっという間にくちばしにはさまれて、さらわれました。
赤いちいさな姫の身体が空の彼方に見えなくなるのに、時間はかかりませんでした。

その光景をぼんやり見ていた王子は、
「ふうん、からすって金魚も食べるのか。きょうは珍しいものをいろいろ見る日だ」
と言うと、自分から金魚姫に言い出したことも忘れてしまって、他人事のようにその場を去っていきました。

「ああ、金魚姫さま……」
その光景を頭部だけ池から出して見ていた金魚姫のおつきのもの、そして金魚姫の父母、金魚一族の哀しみはいかばかりだったでしょうか。
金魚姫に幸せに生きてほしいと願っていた池のすべての金魚たちは、とつぜんうら若い身で金魚姫が食べられてしまった事実を鳥に伝言を頼み仲間に伝えてもらい、たくさんの生き物たちがその死を悼みました。
誰より憤ってこの話を聴いたのは、金魚姫と懇意にしていた、まんなか池の国に住む蛙のリエッタ姫でした。

「なんという残酷でひどい王子。水の世界のものに陸にでてこいなんて言うとは。
素直なわたしの友達に、わざと無理なことを言ったのね。許さない」

リエッタ姫は、金魚一族にかわって復讐をしましょうと決めると、さっそうと出かける準備をしました。
夜の闇にまぎれて見えなくなる身体の色の黒っぽい屈強な103匹の蛙の戦士とでかけました。

城が見えると、それぞれ蛙たちはしめった手足をくっつけて城の壁を登っていきました。
そして王子の寝室と思しき窓の外からリエッタ姫は歌いかけました。
リエッタ姫は蛙ですが、げろげろと低く鳴く声を持つ蛙一族とは誰も信じないほど美しい声をもっておりました。

「王子さま、あなたに恋焦がれているものです。月夜を天馬にのってやってきました。この窓をあけてくださいな」
と、囁き声をだしました。

天空の神々の国から御忍びでやってきたアフロディーテの囁きかと思うほど心をとろけさす、その甘美な声を聴いて目覚めた王子は、するすると窓硝子をあけていきました。

するとそこには絶世の美女はおらず、かわりに青黒い生き物がたくさんいっせいに部屋に飛び込んできました。
王子は悲鳴を上げ寝室を逃げまどいました。
王子は生まれつき潔癖で、この世で蛙が何より嫌いでした。
まわりをはう蛙の大群に恐怖で声もでない無力な王子にリエッタ姫が囁きました。

「おばかな人。金魚姫にしたことを思い知りなさい。蛙を怒らせると、こわいのよ。もう遅いけれどね」

103匹の蛙のぬめぬめした感触が王子にとびつき取り巻き、ギリシャ彫刻のような均整のとれた美しい身体を覆い尽くしていきました。
生臭い池の匂いに包まれて呼吸すらままならず、王子は窒息死しそうな苦しみを味わいました。
それに視界がまったく見えないので、あっちへよろよろ、こっちへよろよろとよろめき身動きもうまくとれません。
ついに窓のそばまでくると、103匹の蛙たちは瞬時に離れました。
ようやく蛙がはなれたので、顔じゅうについた粘液をとろうとしてぬるぬるしたものと格闘していた王子に一匹の蛙がジャンプしてきました。
王子はもう蛙にふれられるなんて耐えられないと思いよけようと腰をひいてしまったため、バランスをくずし、脚をすべらしました。
ちょうど先ほど自らがあけてひらいていた窓から、ああっと、落ちていきます。
王子はそのまま地上にまっしぐらに急降下してばたんと倒れ顔を激しく打ちました。

城のまわりをとりかこむように作られた花壇の色とりどりの薔薇の花がクッションになって命ばかりは助かりましたが、美しい美貌は、あわれにも見る影もありません。
薔薇のとげが顔に刺さって、なめらかなクリームのようだった頬にはいくつも痛々しい傷跡がつき、高かった鼻はつぶれて、蛙よりもひしゃげたお顔になりました。
瞳も同じように傷つき視力もなくなってしまったので、王子自身が自分の顔がどれほど醜いのか知ることさえできなくなったのが唯一の幸いだったかもしれません。


こうして金魚姫の恋はきれいなお空にのぼり、王子の顔はつめたい地におちました。
医者に見せてももとのきれいな顔を復元することは不可能で、王子は一生醜いままで過ごすことになりました。


純粋に恋する者をからかっていじわるすると、自分もいつか足元をすくわれ痛い目にあいますよというお話。




     *

そうそう、金魚姫はどうなったか、気になっているあなたに。
実は、かわいい姫は無事だったんです。
青空のなか金魚姫をパクリと食べようとしたからすに、ものすごいはやさで鋭い鉤づめのたかがむかってきて、からすはおどろいて金魚姫をくちばしから落としました。
気を失って息も絶え絶えのまま宙を一回舞い、その身体は地上へ落ちていき、神様のご慈悲によってふたたび水の世界に戻りました。
そこはしあわせ池とよばれるしずかなお池で、ひとりの若いきこりが手入れをしながら大切に守っている池でした。
金魚姫はこんどこそその純朴な人間と深い恋に落ちともに愛し合ったのですが、それは別のお話、いつかまたお話しましょうね。


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