月の服



月の服



ある夜、お月さまはしずかで気持ちのよい風にふかれてあくびをしました。
よい子が眠るころ、お月さまはやっと目がさめるのです。

お月さまはねむっている人がとても大好きです。
ふと街の人がちゃんと眠れているかたしかめてみようと思いました。
顔の下にみえるれんが色の屋根がおおい街にゆっくりとした動きで窓をてらしてみます。
窓からみえるお顔はひとみをとじてくちもとはやさしくほほえんでいます。

ああ、よかった。静かな夜で誰もが安心して眠っているようです。
まだ生まれたばかりの赤ちゃんもぐっすりしています。
たくさんのこどもたちが幸せそうに眠る姿にうれしそうなため息をつきました。

ふと小さなれんがからできていて庭にたくさんの布がある家に目がとまりました。
仕立屋さんがちくちくとはりを動かし注文の服を作っているさいちゅうでした。
この仕立屋さんはどんなものでもしつらえてくれる職人さんで有名でした。

「やれやれ、仕立てもたくさんやるとつかれてくるわ」
仕立屋さんは昼は太陽さんのあかりをたよりに、夜はお月さまのあかりをたよりに裁縫をします。
このような手元をうごかす仕事のひとびとにとって、夜のお月さまのあかりはまことにありがたい光でした。
レースやビーズがたくさんついている洋服を縫っている仕立屋さんの様子を見ながら、
月はとあるお願いをしてみようかと考えました。
月はいちどでいいから人間がきているような素敵な洋服がきてみたいと思っておりました。

大きなからだはみんなをやさしくてらします。だけどお月さま自身のからだは何もついていません。
きれいな宝石も、からだをあたためてくれる織物も。

街の人をおこさないようにお月さまはささやきました。
「仕立屋さん、仕立屋さん」
空から誰かに話しかけられて仕立屋のおじさんはびっくりしました。
窓をあけてみるといつもやさしくてらしてくれるお月さまがいました。

「なんだ、お月さまでしたか。こんばんは、どうしましたか」

「どうしてもあなたにお願いしたいことがあるのです。じつはこんなおおきなからだのわたしですが、あなたたちのように
服というものをみにつけてみたいのです。どうかわたしの服を作っていただけないでしょうか」

まあ、仕立屋さんは声もだせないほどおどろきました。
でもお月さまの話を熱心にきいているうちに、服を作ってあげたくなりました。
そして、ようし、お月さまだけの特注の服を作ってみましょうとはりきって約束をかわしました。


仕立屋さんは街中の人にお願いしておうちにあまっているベッドのシーツをたくさんもらいました。
シーツをぬって、それは特別な大きな一枚の布に仕立てました。
ただお月さまはとっても大きいので、心配していたことですが布は洋服を作るほどの量はありませんでした。
それで仕立屋さんは別のものを作ることにしました。

季節がうつりかわってお月さまの服をつくることになったのは春でしたのに、今はもう冬になっていました。
もう鳥たちがあたたかい場所をもとめて空をわたってゆく時期でした。
渡り鳥たちが仕立屋さんの家のちょうど空をとんでいるとき、おじさんは鳥に届け物をしてくれるようお願いしました。

鳥さん、お月さんに無事にこの荷物を届けておくれ。
渡り鳥たちはできたての品物をくちばしにくわえるととびたってゆきました。

月は届けられた服をみて空がふるえるほどゆれてよろこびました。
ひとめでつかいかたがわかりました。 それは服ではなくまるいお月さまにぴったりのぼうしでした。
月はそのぼうしがとっても気に入りました。
たとえ洋服でなくて着ることができなくてもまったくかまいませんでした。
宇宙でたったひとつのとてもすてきな帽子を作ってもらえたのですから。
ぼうしをかぶっているお月さまはとてもあたたかな気持ちにつつまれました。

次の日の夜しろいぼうしをかぶってさっそく仕立屋さんにありがとうと手をふりました。
仕立屋さんも大きく手をふってにこにことこたえました。

そのぼうしをかぶったお月さまの光景を見ていた男の子がいました。
男の子のママは窓に連れてきてほら見て、すごくおいしそうだあと笑いました。
お月さまが、目玉焼きになっているよ、といたのでママも思わずまあまあ、本当ね、とほほえみました。

次の日、街のたまご屋さんには行列ができました。

みんなお月さまをみていた人は、目玉焼きが食べたくなってしかたがありませんでした。
ちなみにたまご屋さんは昨日眠っていてお月さまを見ていないので、どうしてこんなにたまごが売れたのか不思議でしかたがありませんでした。

そして街のひとが朝ごはんに目玉焼きを食べているころ、お月さまはおやすみの時間になっていました。
ぼうしをかぶったまま、お空でしずかに眠っていました。
        


back