薔薇と雪の精

薔薇と雪の精

 



クリスマスの日に空の上で雪の精が生まれました。

どこへでも望むところへ行けるように、

天使から誰よりもかるい透明な羽をつけてもらいました。

雪の精はふわふわと人々が行き交う灯りのついた街に向かいました。

建物がならぶ地上に近づいてゆくにつれて

真っ白な絨毯に落ちた一滴の血のように

ぽつんとひとつ小さな赤い点が見えました。

雪の精はどうしてもそこへ行きたくなって、赤い点へ降りていきました。

赤い色の正体は一輪の薔薇でした。

しずかに横たわる優雅な花に、雪の精は生まれてはじめての恋をしました。



雪の精は薔薇のもとへふわりと降り立ちました。

けれど美しい薔薇が悲し気にしくしく泣いていたので雪の精はおどろきました。

そしてこわがらせないようにそっと薔薇にたずねました。

こんにちは。ねえきみ。どうして、泣いているの。


わたし、捨てられたの。

薔薇は悲しみのためか寒さのためかひどくふるえながら答えました。

人を喜ばせるために生まれてきたって思ってきたの。

誰がわたしをここから連れていってくれるのかしら。

おめかししながら胸を高鳴らせて三日前から待っていたわ。

きょうはまわりの花たちがどんどん買われていったの。

その様子を見ていたら、とつぜんわたしに触れた人がいた。


つぎはぎだらけのコートを着て、

穴のあいた帽子をかぶっていた。

たくさんの花のなかからわたしを選んで、店主にかわりに一枚の銀貨をわたしたの。

そのまま劇場に向かうと入り口にこの上なく美しい女性がいて、彼はわたしを贈ったわ。

その時何か言ったけど、にぎやかな喧騒にかきけされ何を言ったか聞こえなかった。

そのまま彼は立ち去り、女性はわたしを受け取るとしばらく眺めていた。

けれど、やがて別の男性が来たの。

女性の手をとり彼らは見つめあうと微笑んで、立派な馬車に乗ったの。

乗る瞬間、わたしは彼女の手から放り出された。

まるで汚らわしいごみのように。

かわいそうな彼。

きっと貧しいはずなのにわたしを高価な銀貨で買い、愛も得られなかった。

でも、そんな彼におとらずわたしもかわいそう。

わたし、もうすぐ枯れて花弁は落ち、醜い姿になるわ。

美しい姿が誇りで、この姿で幸せを誰かにあたえたかったのに。

ああ、そうなるまえに、いっそのこと誰かにふまれて粉々になってしまいたい。



花びらから涙を流すたび涙の雫は氷の粒にかわり、きらきらとダイヤモンドのようにきらめきました。


雪の精は薔薇がいじらしくてひっしになぐさめました。

そんなこと言わないで。

きみはとってもきれいだから。

ぼくははじめてこの世で出会った相手がきみで幸せだよ。

神様に感謝したいくらいとっても嬉しい気持ちだよ。

その言葉をきいて薔薇はようやく泣くのをやめました。


ほっとして雪の精が薔薇をなでようとすると、ふたりを大きな影がおおいました。

何かと上を見ると、背の高い青年がじっと薔薇を見つめていました。

彼もいたんだ服装でしたが、薔薇を買った青年とは別人でした。

青年は涙と雪でぬれている赤い薔薇を拾うと、

こんな日に美しい花が落ちているなんて、きっと神様からの贈り物だとつぶやき、

マフラーでそっとくるんでコートのなかに入れました。

雪の精は青年の肩に座り、いっしょについていくことにしました。


小さな家にたどり着くと優しそうな女性が待っていて迎えてくれました。

女性は玄関でコートについた雪をはらいのけようとしたので、

あわてて雪の精は男性の肩から降り、こんどは女性の肩に乗りました。

懐からメリークリスマス、と薔薇を差し出すと、女性はとても嬉しそうに顔を輝かせました。

すぐにクリスタルの花瓶をだして心地よい水にひたしてくれました。

テーブルには慎ましい食事とワインが用意され、

小さなツリーには小さな蝋燭の灯りが灯されていました。

恋人たちはお祈りをするときょうの出来事を話し合い、夕食を楽しみはじめました。

とても幸福に見えて、

雪の精はその幸福な光景に身も心もとけそうになりました。

薔薇もさきほどの打ちひしがれた顔ではなく、美しい姿で咲き誇っていました。


よかったね。ここはあたたかく、優しいところだね。

きみが贈られたおかげで奥さんがあんなに喜んでいるよ。

薔薇にそう言うと、薔薇はすこし恥ずかしそうに、ええ、とうなずきました。

そして、ありがとうと、雪の精に言いました。

さっき、あなたはわたしに会えて幸せって言ってくれたわ。

わたしもあなたに会えて幸せよ。

雪の精は薔薇を愛おしく思いながらも、ありがとう、さよなら、と花びらにそっとキスをすると煙突から出ていきました。



誰もが笑顔になれますように。

雪の精はそう願いながら、

また真っ白な世界へ羽ばたいてゆきました。


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