6.茨


むかしむかし、正直者で美しいローリエという娘がおりました。
春の花のような華やかな容姿が評判で、また何をやらせても上手なため、年頃になるまえから求婚者がたえませんでした。
そろそろ結婚相手を決めようと家族で話し合っていると、ある日いきなり馬車で貴族の遣いのものがやってきて、若様がこの家の娘に結婚の申し込みをされていると告げました。
ローリエは手紙の差出人を確認して恐れおののきました。
その求婚者はとてもふるまいが悪い乱暴な男と有名だったのです。
受けることはできないと感じたローリエは勇気をだして断ろうと思いました。
断りの返事を手紙でていねいに伝えると、すぐに返事が書かれた手紙がきました。
そこには、もし応じなければ、家族に処罰をあたえると脅迫めいたことが書かれていました。
家族思いのローリエは、結婚したくない男との婚儀を泣く泣く受けることにしました。
結婚式の日は冷たい風が吹いており、さめざめとした気持ちで男の屋敷につくと、そこではじめて相手の顔を見ました。
背が高く、目鼻立ちも美しくととのっていましたが、ひどく冷たい顔に見えました。
花婿の男は純白の衣装を身に着けたローリエにあいさつもせず、じろじろと眺めてきて、祝いの葡萄酒がはこばれてくると、ひとりでかってに飲みだしました。
よっぱらった男はぶれいなふるまいで祝いに来た客人を不愉快にさせました。
「ああやはり無理だわ。あの人が夫になるなんてたえられない」
どうしても結婚がいやだったローリエは誰にも気が付かれないようそっと宴を抜け出しました。


ひたすら逃げるように走っていくと、いつしかかれはてた茨の茂みにたどり着きました。
茨のなかに身をかくすように入るとそのなかで空をみあげながら神様に訴えかけました。
「神様、どうかお聞きください。わたしは結婚したくありません。
時をとめて、このままここで眠らせてください。
あの人と婚儀をあげるくらいならば、ここで死に絶えたほうがましです」
といいました。
その声があまりに悲痛だったためでしょう。
茨が意志を持ち枝や葉をざわめかせ始めました。
一本の茨がやさしくローリエに蔦をのばしました。
ローリエの薬指にするどい棘がふれると、はげしい痛みが全身にひろがり、意識がなくなって倒れました。
願いがつうじてローリエの時がとまりました。
こうしてローリエは男の花嫁になることなく、ベールと花嫁衣装を身にまとったままやさしい夢の世界へ旅立ちました。

婚儀のさいちゅうに消えたローリエを人々が探すと、誰も見向きもしないようなさびしい茨の茂みのなかで倒れていました。
村の人々は、呼びかけても返事をせずぐったりと横たわる姿を見て、この少女は死んでいるだろうと誰もが思ったのですが、身体はあたたかく息もしていたのでまだ生きているとわかりました。
みなすぐ目覚めるだろうと考えて、男の屋敷には行かずローリエの家に連れていくと、心配した母親がひっしで看病しました。
けれど数週間たっても、何カ月なってもローリエは目覚めることはありませんでした。
いつまでも目覚めないローリエをどうしたらいいかと話し合うと、神様のおそばにいればいつか目覚めるだろうという結論になり、もっとも神様の存在ががちかくに感じられるであろう教会にはこばれました。


ローリエは来る日も来る日も眠り続け、とうとう100年の時がたちました。
100年目の日に旅をしている隣の国の王子が教会のそばをとおりかかりました。
信仰深い王子は神様に祈りをささげようと思ったのです。
そこでシスターに声をかけると教会のなかを案内してもらいましたが、祭壇の後ろにある奥の部屋だけは入らないようにと忠告されました。
奥の部屋はローリエの眠るとくべつな寝室でした。
眠っまたまの女は悪魔と契約した魔女にちがいないと噂されたり、神の遣いだとあがめられたりして大騒ぎになることが何度かあったため、できるだけ人目に触れないように教会の人々は気をつかってローリエを保護していました。

祈りをささげ終わると、王子は教えてもらった奥の部屋に人の気配を感じて、約束をやぶる罪を感じながらもそっと扉をあけました。
そこには見たこともないほど美しい女性が横たわっており、その可憐な姿に王子は胸がふるえました。
花嫁衣装は黄ばんでいかにも古めかしく見えましたが、100年たってもローリエは美しいままの姿でした。
王子はローリエの姿を見て一目で恋に落ちました。
ベールをとり、あいらしい唇にキスをすると、100年ぶりに瞳があいてぱちりと目が覚めました。
奥部屋で人の声がするのでシスターが部屋に行くと、なんとローリエが起き上がっていたので、シスターはいそいで司祭をよんできました。
こんどは教会の司祭がやってきて、目覚めたローリエを見てたいへん驚きましたが、これまでのローリエの出来事をゆっくり説明してくれました。
話をききおえたローリエは、家族も知り合いもいなくなってしまった、わたしはひとりぼっちだわと嘆きました。
そんなローリエを、王子はやさしく慰めてくれました。
王子は貴族の男と身内かと思うほど顔がそっくりでした。
けれど物腰や話し方はまったく似ておらず、情の深い心に打たれてローリエは王子についていくことにしました。

王子の国で婚儀をあげるため王子に導かれながら白馬にのりました。
白馬はふたりをのせて風のようにさっそうとかけてゆきました。
季節は折しも薔薇の盛りの季節で、風がやわらかな花の香りを運んできてふたりをやさしく包んでいました。