35.小人
“真赤なリンゴをほおばる♪ネイビーブルーのTシャツ♪
あいつはあいつはかわいい♪年下の男の子♪”なんて歌がひと昔前流行っていたらしい。
ほら、テレビでナツメロ特集やってる時流れたりするでしょ。
明るいノリノリな音楽で歌いやすそう。
今聞いてもなんかいい曲だなあと思える。
平成生まれのわたしはその時代の頃はどんなふうだったのかよく知らないけど、その歌詞を書いた人の気持ちはすごくよくわかるなあと最近考える。


私の彼はかわいい。
誰よりかわいいと思う。
小柄で、年下の、本当にかわいい男の子だ。
21歳でその身長、現在155センチ。
そして彼女のわたしは女性の平均身長より高かったりする。
ピンと背筋をのばしたら、なんと170センチ!
彼はわたしより15センチも背が低いのだ。
だから彼と歩くときはいつもペタンコのヒールのない靴を履いている。
ただでさえ身長差があるのに、ハイヒールなんてはいたらもっと私の背が高くなっちゃうもの。
お顔はというと――くるくるとしたまるい瞳はリスやウサギっぽくて小動物って感じ。
少し癖がある天然パーマで、ピンピンはねた黒い髪。
それで本ばっかり読んでいるからかなりのど近眼で、昭和くさい丸い黒ぶち眼鏡をかけている。
そのせいでちょっと、いやかなり、オタクっぽく見える。
この前友達に紹介したら、ラインで、秋葉でリュック背負って歩いてそうだね〜って返事がきた。
それに一緒に歩いていると、時々、弟さん?なんて聞かれたりする。
いいえ彼氏ですって言い返すと、悪いことを聞いてしまった、みたいな顔をする。
だったら聞かなきゃいいのに。
誰が誰と歩いていたって、わたしは別に気にしなくていいと思う。
本人たちが楽しければそれでいいじゃない。ね?


だいきのお母さん、きっと大きくなるように、すくすく樹木のように成長してほしいって願いをこめて彼の名前をつけたのだろうな。
大樹、と書いて”だいき”だもん。
でもその名前とは裏腹に、彼は小学生の時にはもう背が低かったみたい。
背の順で並ぶといつも一番前。
あだ名はずばり、小人だって。
教室にいると、
「小人がきたぞ――、さわられるとちびになるぞ――っ」
ていじめっ子が叫んでたたくから、いつも逃げるように図書館で本を読んでいたって教えてくれた。
いつも放課になると男子に混じってドッチボールをしていたわたしと正反対。
だけど文学少年って格好いいじゃない。
小学生の頃の読書感想文見せてもらったら、教科書にのせたいほどお手本になるような文章で驚いた。
うーん、さすが、だいきらしいなあと思う。

この前駅前でデートしていたら、いきなりあやまられちゃった。
喫茶店でコーヒーとケーキを頼んで待っていたら、だいきが突然頭を下げたの。
「なみちゃん、ごめんね」
本当に申し訳なさそうに。
「もう、なんで謝るの。だいきは何も悪いことしてないわ」
「いつも僕が横に並んでいると、恥ずかしい思いをしているでしょ。なみちゃんはスタイルが良くて、モデルさんみたいにかっこいいのに。せめて僕の身長が160センチあればいいのになあ。おまけに童顔だし」
そう言って深々ため息をついた。
「いいじゃない、わたしは平気。まったく、背が低いことの何が悪いの!?いやなことを言う人がいたら、すぐ助けに行くよ。だいきを傷つけるやつは誰だって許さない!だいきももっと自信もってよ。背のことでくよくよ悩むだいきは見ていてイライラするよ」
「そうだね――ありがとう、なみちゃん」
彼はくしゃくしゃって泣きそうな顔で笑った。
だいきは世界で一番、器の大きな人だよって褒めたら、今度は照れちゃって顔が赤くなった。
あ――もう。頭をなでてよしよししたくなるじゃない。
食べてしまいたいくらい本当にかわいいんだから!
ケーキセットを運んできたホールスタッフさんがそんなわたしたちを見てつられたように顔を紅潮させた。
そしてうかがうようにコーヒーカップとケーキをおくと足早にいなくなった。
お皿に美しく盛り付けられたアップルパイとチョコレートケーキ。
二個のケーキを分け合って半分ずつ食べた。
彼と食べると美味しさも二倍になったように感じられるほど美味しくて、これからも二人で何度でも食べたいと思った。


だいきはいつもおとなしくて優しくて、一度たりともわたしの前で怒ったことなんてない。
この前雨が降る日、かたつむりが広い道路を歩いていたら、そっと持ちあげて紫陽花の上にのせてあげたの。
しかも、もうだいじょうぶだよ、ここなら安心だねってのろのろ葉っぱを移動するかたつむりに笑いかけながら。
そうそう。錆びた10円玉を拾った時も正直に交番に届けてしまうんだよ。
バスに乗るときだって、運転手さんにお願いしますって言ってから乗って、かならずありがとうございますって丁寧に言ってから降りる。
数え切れないぐらいいいところをいっぱいもっている。
彼はわたしのために変わりたい、強くなりたいって言うことがある。
でも、そんな必要全然ない。
わたしがだいきの王子さまになってあげるから。
優しい小人の彼をこれからもずっと守っていこうって、心から思う。
大きなおばあちゃんと小さなおじいちゃんになるまで。
だいきはわたしにとっておとぎ話のお姫さまぐらいかわいいだいじな人だから――。


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