39.かけら

白雪姫の母親になった隣の国のお妃は、姫といっしょに馬車にのって、奥深い森へやってきました。
白雪姫が花に夢中になっているあいだに、かごに入ったたくさんの毒りんごを置くと、姫には何も告げずこっそり一人お城へ帰っていきました。
突然継母がいないことに気がついた白雪姫は、とってもさびしい気持ちでぽつんと木の下に置いてあったかごのなかの真っ赤なりんごをとると、おなかがすいていたので両手で口に運びかじりました。
するとたちまち妃がりんごに塗った毒が全身にまわり、姫は美しい瞳を伏せぐったりと気を失いました。


さて、森にワイン色に染まった夕暮れが近づき、ルビーやエメラルドやサファイアなど宝石のかけらがとれる洞窟で仕事を終えた小人たちは、森でいちばん長寿の大きな木の根元に、誰かがいるのを発見して、走り寄っていきました。
そこには、黒檀のように黒い髪、血のように紅い唇、雪のように白い肌の女の子が、眠るように愛らしい表情で倒れていました。

女の子のそばには、ちいさな歯形がついた食べかけのりんごが転がっていました。

小人のひとりが心配しておそるおそる声をかけてみました。
「もし、娘さん、起きなさい。森のなかで眠るのはあぶないよ」

それでも目覚めないのでやさしく起こしてあげようと、きゃしゃな肩をとんとんと揺らしましたが、ぴくりとも反応がありません。

小人は、おやこれはなんだかおかしいと姫の額に手をあててみると、雪降る冬の朝の氷のように冷たく、生きている人間とは思えないほどでした。

「みんな。このこは、もう生きていないようだ。ものすごく顔が冷たいよ」
と、小人がびっくりしてさけびました。

「でも、まだこんなに若いのに」
「いったい何があったんだろうね」
「かわいそうに」
「なんにしてもここにいたままでは、こんな愛らしい身体が、くまか狼に食べられてしまうぞ」
「それはいけない」
「なんとかここから移動させよう」
と、六人の小人も口々に言いました。

七人の小人は力をあわせて、女の子を自分たちの暮らしている家まで運ぶことにしました。
そして明日、ガラスの棺を準備して、花を摘んできれいに葬儀をだしてあげよう、そう決めました。

白雪姫の背中に手をあてて、よいしょとかけごえをかけると、両手を上にあげてみんなで小柄な身体を持ち上げ、一列に歩き出し出発しました。

けれど、森の道は木に覆われ暗く狭く、そして姫の身体をかかえているためになかなかまっすぐ歩けません。

しばらくゆくと、卵型のいしが、地面からひょっこりあたまをのぞかせていました。
小人はその石に気がつくことなく進んで行きます。

先頭の小人が、石にひっかかりこつんと躓きました。
それをうけて、二人目の小人が、あっとよろめきました。
三人目の小人も、左右にバランスをくずしました。
なんだ、なんだと、四人目の小人もふらふら足が交差しました。
五人目の小人も引き続きもぐらりと左にたおれました。
六人目の小人はうわぁと叫びながら右にたおれました。

みんなドミノ倒しのように転んでしまい、列はみだれて、姫の身体が投げ出されました。

そのとき、ふわっと空中で浮いた白雪姫の口から、小さなりんごのかけらがぽろりとでてきました。
わずか親指の爪ほどの、ほんとうにちいさな黄色の実でした。

とすんと地面に落ちた白雪姫は、ぱっちりと愛らしい漆黒の瞳をあけました。

「あら、わたしどうしたのかしら。たしか、美味しいりんごを食べていたはずなのに」
と、眼を覚ました白雪姫はきょとんと首をかしげました。


とっても元気そうなその様子を見て小人たちはほっとしてささやきました。
「女の子が生き帰ったよ」
「よかったよかった」
「さあ、祝いのダンスを踊ろう」
小人たちは三角帽子をとって、みな抱きしめあってキスをして喜びあいました。

いまだ夢心地の姫の眼のまえには、七人の小人が楽しそうに手をとりあって陽気なフォークダンスを踊っています。

「まあ、ふふ、おかしなダンスね」

それを見て、白雪姫もわけがわからないけどおかしくなって笑いだしました。

小人に手を差し出され、姫も輪にくわわりました。
八人は笑いながら、時を忘れくるくるダンスを踊りました。

とっぷりと陽が暮れた月夜のなか、こうさぎやリスやバンビたち森の動物もやってきて、さわがしいダンスパーティーは夜通し行われましたとさ。